遥か、もち巾着。

もしもって思ったら何かが変わるわけでもないし

夏の匂い

昨日のことだ。夕食を終えた後、何をする気にもならなかったので床にひいた長座布団の上に仰向けになり、同心円状の蛍光管をぼんやり眺めていた。ただ何もせず、時間を過ぎるのを待っていたのだ。ふとポール・オースターの『ガラスの街』の最後の章を思い出した。あの時主人公は執筆や食事はしていたが、もはや日付や季節を気にせずに、ただ時間が流れるのに身を任せていたように記憶している。読んだのは2年も前だ、細かい部分の記憶は曖昧になっている。また読み返してみようか。

 

窓から夜風が吹き込んでくる。日中、暑さを和らげようと窓を開けてそのままにしていたのだ。どうやら季節は春と夏の間の漸次的な変化というものを知らず、5月になった途端気温を高めに設定したようだ。夏は苦手だ。それはぼくが汗かきだったり寒冷な気候に慣れていたりすることよりも、半袖が似合わないことに起因するだろう。ぼくは長袖のシャツとカーディガンの上にお気に入りのチェスターコートを羽織り、お気に入りのベレー帽とマフラーを身につけ、サイドゴアブーツを履いて街に出かけることのできる季節を誰よりも愛していた。それで夏服の量が冬のそれの半分もないのだ。早く秋になって仕舞えばいいのに。

 

それでも夜になれば流石に涼しくなってくる。窓を閉める前、最後に吹き込んだ風はなんだか夏の匂いがした気がした。