遥か、もち巾着。

もしもって思ったら何かが変わるわけでもないし

光輝く夏の朝に(院試日記Ⅱ 12日目)

予定通り早朝に家に帰投し、一休みしてから大学へ向かう。深夜から朝にかけてそれなりの雪が降ったようで、あちらこちらに3センチばかりの雪が積もっている。学食の前の芝生では子供たちが雪遊びをしており、立派な雪だるままで出来上がっている。年に数回の積雪を思う存分楽しんでいるようだ。

一方の僕はと言えば、ドイツ語か英語しかやることがない。思えば猶予はあと5日となっていた。二年前、修士課程の試験を受けた際は少なくとも春から準備していたのに比べたら今回の僕の姿勢は、なんと怠惰なものだろう。修論の執筆でそれどころではなかったというのはあるにしても、未だに身が入っていないのは我ながらどうかしている。一応理由をこじつければ、修士課程の試験は秋と春の二回があったため、仮に秋の試験がだめだとしてももう一度チャンスがあった。それが今回は一回しかないため、余裕がなくなって身動きが取れなくなっている―という部分もある。しかしその根底にあるのは自分の意志の弱さなのも確かである。そんなことを考えながらコーヒーを淹れ、ほぼ徹夜明けの目を覚まそうとした。鉛筆の先で独文を追いつつ、文構造を読み解きながら日本語訳を考える。最近は適当な洋書を研究室なり図書館なりから借りて読解の練習をしてみているのだが、肝心の正答がわからないものが多いから困る。単語自体の意味は辞書を引けばいいのだが、文法項目についてはこれで正しいのか不安になることもしばし。どうしても納得いかない箇所は翻訳アプリにも頼ったりはするが、決して万能ではない。まあ、100パーセントを目指す必要もないと思って気楽にやろう。尤も、いま何パーセントできているのかも正確にはわからないのではあるが……

 

今日の記録

独文和訳を5題、英文和訳を2題。復習込みで実質6時間ほど。意外とできていなかった。

ある若者があるお嬢さんに恋をした(院試日記Ⅱ 11日目)

雨と雪ならば、気持ち雪の方がマシだと思ってしまうのは、僕が長野県松本市という微妙な土地で育ったためだろう。松本の年間降雪量はそれほど多くなく、とは言っても東京や大阪よりは雪への備えはあるために、交通やインフラが寸断されるということはあまりない。それを基準にしてしまっているので北日本や北陸ばりの豪雪の恐ろしさは知らないし、大都市は比較的少ない降雪でも機能が低下するという感覚にも慣れないのだ。そうしたことを加味すると、雨より雪の方がいいと思ってしまう。雪ならば傘がいらないのだ。

現在時刻は午後7時半。北摂の天気は雨である。生活習慣が崩壊して3日目になり、つい3時間前にやっと起き、なんとか家を出たところなのだ。朝に起きて夜に眠る生活を取り戻すためには、今日は一夜を徹するしかないだろう。そのためにこれから大学に向かうつもりなのである。朝になったら一度シャワーを浴びに帰ってまた登校しよう—これがうまく行くとも思えないが、そうでもしないと院試に寝坊しかねない。

 

今日の記録

独文和訳を2題と英文和訳を1題。だいたいこのペースでやっている。明日からはもう少し増やして本番に備えるとしようか……

歌の響きをぼくが聴けば(院試日記Ⅱ 10日目)

心理状態の振れ幅の制御が効かないので、今日も1日の半分を漠然とした絶望感の中過ごしていた。院試の勉強が厭になる、ということは本心では自分には進学の意図がないのではないか?と疑いたくもなる。これはある意味では正しいのだろう。やりたいことなんて無いのである。不幸にも生まれてきてしまったので、仕方なく生きているだけなのだから。自分がやりたいと思っている研究なんて所詮全部、そう錯覚しているに過ぎないのだ。そもそも生まれてこなければこんな思いもしなくて済んだのに。企業は製造物に対して責任を取らねばならないが、親は取る必要はないのだろうか?別に望んで生まれたわけでもないのに。

こんなことを言いながらも僕が未だに生きているのは—そしておそらく10年後も生きていると思われるのは—単に死には痛みが伴うから、という理由に他ならない。だから仕方なく生きながらえているのだ。

どうせ、ろくなこともないのに。

 

今日の記録

独文和訳を2題、英文和訳を1題。実際の試験時間は英独併せて2時間なのでそれに即して実施。復習込みで3時間ほど。

あれはフルートとヴァイオリン(院試日記Ⅱ 9日目)

本日(1/25)は修論の口頭試問。前日までは、いや開始1時間前までは余裕綽々だったものの、いざ試問会場のドアを開けるタイミングになるとひどく緊張してしまう。

修士論文の内容について、3名の教授から質問や感想、意見をいただく。やっていることはゼミでの先生方からコメントをいただく時間とあまり変わらないのだが、尺は1時間に及び、修了がかかっているとなると緊張感が違う。

 

まず指導教員の教授から自己評価を聞かれる。案外、それが一番難しい点なのかもしれない。不足したところや欠点はいくらでも上げられるが、自信のある点を述べるのはなかなかに怖い。その後、3人それぞれから講評をいただいた。

反応は概ね悪くなかった。きちんとした場で褒められるとやはり嬉しいものである。その上で、詰めの甘い箇所、もう少し全体となる背景が欲しかった箇所、文章自体への指摘などが並ぶ。そして「君は与えられた環境の中で努力する人なので、より良い環境に身を置きましょう」と言われた。これは仮に博士課程に進学できたなら研究のために留学をしなさい、ということを暗に意味している。当然自分の意志としても海の外には出たいと思っているし、研究の内容からしても出ねばならないのだが、そのためには金銭と言語の面で色々と準備をせねばならない。それができるのも、院試に受かることが前提条件である。

1時間はあっという間に過ぎてしまった。評価された点は嬉しいし、指摘された箇所はご尤も、という単純な感想しか出てこないが、終わった後はなんだか晴れ晴れとした気持ちになった。何より、提出されてから2週間少ししか時間のない中で、ただでさえお忙しい先生方がこんなにきちんと僕の書いた論文を読んでくださっていたことに対してありがたく思った。しかも全ての卒修論を合計すればその字数は全80万字くらいになる。頭が上がらない。

 

なんだかんだで精神的に疲れてしまい、その日はすぐに寝てしまった。早く寝たのに、翌日は昼を回ってから起きてしまった。なんだか色々祟っている気もする。

そして小さな花々が知ったならば(院試日記Ⅱ 8日目)

北摂に、おそらく今年はじめての雪が舞った。仮にも信州人なので、(育った街は県内ではあまり雪の降らない地域とはいえども)べつに雪は大して珍しくはないのだが、それでも少し心が弾んでしまう。つくづく、僕は単純にできていると思う。

大雪で阪急やモノレールが止まったら帰宅困難者が出てしまう、という配慮からか、今日のゼミはオンラインでの実施になった。しかし、僕は家にいても勉強がちっともできないという致命的な欠陥を抱えているので、雪予報を知りながらも、眠たい目を擦りつつ、のこのこキャンパスにやってきたのだった。

昼過ぎ頃から軽く吹雪くような調子で雪が舞い始めたが、幸い積もるほどではなさそうだ。低気圧で重くなった頭を軽く小突きながら適当なドイツ語の理論書のコピーに鉛筆を走らせる。しかしまあ、ここ一年恒常的にドイツ語を読んでいたはずなのにちっとも意味の通る訳が完成しない。第一の理由は辞書を片手に読むのに慣れてしまったからだ。字引きに頼らずとも文を読み進める訓練をすべきだった。他方、修士論文のために読んだドイツ語は半分以上が新聞・雑誌や書簡だったため、硬めの文書と勝手が違う、というのもある。関係詞を駆使して数行を以て一文と成すような文書にさしかかるとどうも難儀してしまう。改めて基礎に立ち返って文法を確認していく必要がありそうだ。残り一週間と少し。実は軽く院試については絶望しており、布団の中で落ちたらどう身を振るかを毎晩考えている。

 

今日の記録

本番を想定してそれなりの量の独文和訳を3題、英文和訳を1題。実質4時間ほど。

ぼくは恨まない(院試日記Ⅱ 7日目)

今日は昼に修理に出していた楽器を引き取りに神戸に行き、その後ドイツ語の演習を受けていた。修理に出した先のお店は阪神沿線にあるのだが、阪急宝塚線沿線に暮らす自分にとっては実際の距離以上に遠いような気がする。大阪から尼崎、西宮、芦屋を経て神戸に至る阪神間は、海側から山側に向けて阪神、JR、阪急の順に線路が並んでいる。地図上で見ると各線の距離はさほどないように見えるのだが、実際に歩いてみると勾配の影響もあって意外と時間がかかるのだ。梅田で阪神に乗り換えようとも思ったのだが、その場合運賃が片道200円ほど高くなる。結局往復400円をケチって阪急神戸線の駅から歩くことにした。

阪急神戸線沿線は一般に高級住宅地として知られている(たぶん)。この路線に乗るたび、『細雪』の世界観に思いを馳せてしまうのはきっと僕だけではないだろう。武庫之荘、夙川、芦屋川、御影、春日野道など、響きの美しい駅名が多いのも魅力的だ。そこに艶のあるマルーンを纏った列車が颯爽と駆け抜ける様は、謂わば阪神間モダニズムの残り香とでも呼びたくなる。そんな阪急沿線から東海道線を越えて阪神沿線に向けて歩いていくと次第に街の様子が変化していくのが分かる。活気と上品さの双方を備えた商店街を通過すると閑静な住宅街が現れる。その後東海道線を渡り、幅の広い国道を越えると次第に阪神電車の高架が、そしてその奥に工場や倉庫が見えてくる。関西に引っ越して早6年、神戸近辺なぞ行こうと思えばいくらでも行けるし、実際何回も訪ねているはずなのだが、行くたびに何らかの新鮮さを感じるような気がするのである。

こうしたちょっとした街歩きのたびに、気になる食堂や喫茶店、パン屋や洋菓子屋、古本屋等々を見つけるのだが、なかなか行く機会がないまま時間が流れてしまうことも多い。いずれ時間ができたらぶらりと歩くだけのために再訪してみたいものである。

 

今日の神戸は雨が降り出しそうなほど重たい曇天。明日は今年一番の寒波が来るという。

 

今日の記録

独文和訳の練習として適当な独語文献を和訳した。加えて『独文解釈の研究』44~49課。計4時間程度。そろそろ本腰を入れねばと思いつつ一日が過ぎる。

ラインに、その神聖なる流れに(院試日記Ⅱ 6日目)

午前中に予定があると否が応でも起きねばならないので、怠惰な人間にとっては有用である—尤も、寝坊の危険が伴うが。

今日は午前中にロシア語の読書会があったため、起きたら昼!という悲劇を免れることができた。現在はゆっくりではあるがツルゲーネフの短編を読んでいる。ロシア語に関しては初学者も初学者なのだが、それでも文豪の作品に原文で触れられる喜びは大きいものである。

さて、院試まで二週間を切っているくせにこの後は京都市交響楽団の演奏会のために京都は北山まで繰り出そうというのだから、こいつは不真面目の極みと言わざるを得ない。しかし、演奏会に通うことだけが僕を僕たらしめている、そんな感覚すらある以上、この演奏会通いをやめたら自己が消失しかねないのである。

本日のメインはラフマニノフ交響曲第2番である。ツルゲーネフを読んだ後にラフマニノフを聴くのはなかなか乙なものではないか。ラフマニノフドストエフスキーゴーリキーというより、ツルゲーネフチェーホフのイメージである。適当な印象だが。

京都市交響楽団京響の演奏水準は個人的には関西のプロオーケストラの中では一番高いと思っているので、毎回安心して聴くことができる。今日も期待に違わぬ佳演を楽しむことができて満足である。ラフマニノフ交響曲第2番は、まあ人気な曲と言っていいと思うのだが、反面その甘さと長さゆえに好き嫌いが分かれるきらいもあるように思える。個人的にはその甘美な旋律や巧みな循環形式もさることながら、決して優秀ではないが意図の分かるようなオーケストレーションを気に入っている。彼が自身の長い指で以て鍵盤を弾いた通りの音が、フルスコアに落とし込まれているような、そんな印象を抱くのである。また、僕のこの交響曲への偏愛は、僕が初めて大学のオーケストラで演奏した曲だから、という理由も大きい。この曲は、右も左も分からない中1時間に及ぶ大作に対峙した5年前の冬の日に、いつでも僕を連れ戻してくれるのだ。あの頃は全てが新鮮だったし、惰性で生きることを知らなかったように思う。それに比べたら、現在の自分はなんとまあ、甘ちゃんになってしまったことか。音楽それ自体以上の感情を抱えつつ、僕は京都コンサートホールの螺旋状のアプローチを下っていた。

 

帰る前に北山の進々堂でちょっくら勉強していこうと思ったのに筆箱を忘れてきていて萎えてしまった。仕方なく手帳のボールペンを使った。鉛筆がこんなに恋しかった瞬間もない。また、いつも来るたびに買っているカヌレが売り切れで、これも少し悲しかった。

 

今日の記録

独文演習の予習がてら長文和訳を2.5hほど。